初志貫徹

私が何故、この頭蓋仙骨療法を助産婦さん方に提供していきたいのか?

 

アメリカで11年間クレニオ・セイクラルク・セラピー(頭蓋仙骨療法)を多くの赤ちゃん

達、子ども達に提供してきた経験を、アメリカの私の家族の賛同と協力もあり、

日本のお産の現場にいらっしゃる助産婦さん方々にお伝えしたいと思い、

単身で2004年帰国してきました。

あれから紆余曲折有りましたが、8年前から約40年来の「初志」の熱い思いが

湧き上がってきました。

 

潜在的に素晴らしい能力を持ちながら、

『子ども達の 情緒、実行機能、直感、六感、無意識力は測ることは  全くできない、』

物であるにもかかわらず、

言語能力、知覚統合能力、注意記憶能力、文字記号能力等の処理能力しか測れない  物だけで

子どもの存在を判断、診断されてしまう現存の検査方法全般。

 

しかもお子さんは初めて会う試験官と個室で一対一で検査を受けなければいけません。

誰が一体こんなプレッシャーの中で自分の能力を発揮できると思いますか?

 

試験官は言います。「この様な状態の中でも答えていく事が必要なのです。」と。

 

もともと感覚過敏、原始反射の強く残っている子ども達ですから、

知らない所で一人にさせられ、知らない人と面等向かって、恐怖と不安の中で、

どの様に時間を過ごしたらいいのでしょうか?

 

人として冷静に考えたらわかりそうなものです。

 

診断したのなら、治療法があるはずですが、現実は一人ひとりのお子さんに対して個別に

対処した方法を示してはくれません。

治療なき診断はただの粗探しに過ぎない‼️』と「発達障害は治りますか?」 の著者の

神田橋修治先生は言われています。 本当にそうだと思います。

 

 

私が学生時代から巷でいう、IQテストの本質、中身はそう変わっていません。

人に理解してもらえない障がい児達の身体的、心理的な苦痛を少しでも軽くできば………

 

それが私の40年前からの「初志」でした。

 

それに始まり、大学卒業と同時にアメリカに渡ってドーマン法を学び。

日本とアメリカ、ヨーロッパにて食養・生き方のマクロバイオティック を学び。

本場アメリカで頭蓋仙骨療法を学び。

60歳になって新たな頭蓋仙骨療法の師となる方(ノースキャロライナで障がい児達の治療をされている)と出会え、追っかけをしています。

更なる自分の可能性を伸ばしていく事がとても楽しくワクワクしています。

 

この療法を子ども達に施していく毎日が驚きと感動の日々です。

 

これは自分が20歳の時に抱いた「初志」が、まだ60歳になった自分の中で燃え続けている。

これからの私の残された半生期を「貫徹」するために生きていきます。

 

何度も私の話題にも上がっていますが、

 

日本の子ども達に救いの手を差し伸べられるのは、

赤ちゃん達が一番最初に関わる助産婦さん方です。

 

赤ちゃんの骨格的な異常をその場で解放出来る「技」を持った助産婦さん方を増やしてい

くことが急務だからです。

 

小学校でもグレーゾーンの子ども達が年々増えてきています。

 

乳児期、幼児期の骨格的、中枢神経的(グリア細胞)な捻れ、歪み、癒着…を解放していく

頭蓋仙骨療法で、私が関わる子ども達を観て・診て来て素晴らしい成果が短期間に現れて

きています。

 

 

私が28年前に初めて 『頭蓋仙骨療法』に出会ったときと同じように、

純粋にそれを習いたいと思われる様な熱き心ある助産婦さん、

『子どもたち世の光‼️ 』

明るく輝かせましょう。

 

お待ちしています。

 

 

たなこころ C.S.T.こども機能発達センター

代表    藤牧 経乘

 

 

人の目、噂を気にしていると………

人の目、噂を気にして生きていくのはとても自分が辛いし、やりたいことができません。

 

貴方はこの世に何をする為に生まれてきたのですか?

 

本当にやりたいことは何ですか?

 

自分の命は、自分の心が喜ぶことに使う為にあるのです。

 

自分の心に嘘はつかないでください。

 

 

「嫉妬」は近未来の自分!?

4月新学期です。今までとお友達や環境が変わり戸惑っているお子さんも少なくありません。

先日、私どもの「藤牧式・パーソナル ホームプログラム」(=そのお子さんおひとり向けの成長発達プログラム)を実施されているお子さんのお母さんから連絡が来ました。

「今週から2年生としての学校生活がスタートしました。支援級に新一年生が加わり、去年とはまた違った教室の雰囲気となりそうです。その1年生は読み書きが得意で、その子がスラスラ読み書きをしている姿を目の当たりにして、羨ましさや悔しさといったマイナスの気持ちが〇〇の言葉の節々に感じられ、私も何だかとても切ない気持ちになってしまいます。」

私はこの文章を読んで、先ずは、「やったー!!〇〇君すごいよ~!!」とガッツポーズしました。それは、彼が「羨ましい」「悔しい」という気持ちを持ったから。

でも、どうやら家族でどよ~んと切ない気持ちに包まれているみたいなので、すかさず連絡しました。

「「羨ましい」「悔しい」は近未来の〇〇君の姿ですよ。自分のなりたい姿が目の前にある。でもまだ少しだけ距離があって手に届かないから「悔しい」という感情が出てくるのです。彼の本当の心の望みだから心が反応するのです。

彼の中の「命の力」がふつふつと湧きあがってその様な感情が立ち上がってきたのです。すごいことですよ!

だから、◯◯君に「悔しい」気持ちが芽生えたのは、成長の証ですよ。切ない気持ちになってる場合じゃないですよ~!」と。

例えば、スケートの羽生選手を見てカッコイイなと思っても「悔しい」という感情は普通は湧きませんね。だって、氷上でクルクル回ったり飛んだりなんて自分には出来っこないと思っていますから。

でも彼と王座を争っている上位のスケート選手達は、羽生選手が素晴らしい演技を見せたら「悔しい」という感情が出てくるはずです。なぜなら自分の手の届きそうな距離にいるから。

「感情」ってその中にどっぷり漬かって呑み込まれてしまうと苦しくなってしまいますが、実は、「心」のセンサーでもあるのです。「心」が揺さぶられて何らかの「感情」が湧き上がる時、それは「心」が何かに反応して、「本当の心の望み」を浮かび上がらせてくれているのです。

「感情」って振り回されると面倒くさいものですが、そんな風に捉えてみると「自分を知る」きっかけにもなる素晴らしいものですね。

子どもたちは大いに泣いて、笑って、怒って、毎日を彩り鮮やかに生きています。そんな彼らを温かい目で見守っていきたいものです。