Sちゃんと初めて出会ったのは、2歳11か月の時でした。
それまでに、たくさんの手術と入退院を繰り返してきたSちゃん。
当時、口から出ることばは「あ」。
でも、その「あ」には、たくさんのバリエーションがありました。
「あいあーい」は「バイバイ」。
「あななな!」は、楽しく遊んでいる時。
「あっあっあっ!」は、「ミルクがほしい!」
まだことばとして話すことはできなくても、表情を変え、声の調子を変え、身体を使って、
「伝えたい」
「分かってほしい」
という気持ちを一生懸命伝えてくれていました。
「これから身体に触れるよ」――まずSちゃん本人に伝えることから
初めての施術の日。
藤牧は、事前にお母さんからSちゃんのこれまでの経過を聞いたうえで、まずSちゃん本人に自己紹介をしました。
そして、
「これからSちゃんの身体に触れていくよ」
と伝え、本人の様子を確認してから施術を始めました。
小さな子どもであっても、ことばを話すことができなくても、ひとりの人として向き合う。
これは藤牧が子どもたちに触れる時、ずっと大切にしていることです。
頭蓋仙骨療法では、強い力を加えて身体を動かしたり、「ここをこう直そう」と外側から形を変えたりすることはしません。
ごく繊細なタッチで身体に触れながら、手を通して伝わってくる身体内部の微細な動きやリズム、流れの変化を感じ取っていきます。
同時に、呼吸、表情、皮膚の色や温かさ、身体の緊張や可動性なども丁寧に観察します。
藤牧は、こうして身体から手に伝わってくるものを「響き」として捉えながら、その子の身体全体を見ていきます。
Sちゃんの場合も、まず下半身からゆっくりと触れ、身体の動きや緊張などを確認していきました。
何度も手術を経験してきた身体には、手術を受けた部位の周辺を含め、硬さや捩れを感じるところがありました。
藤牧はSちゃんの表情や呼吸、身体の温かさなどを見ながら、一つひとつ丁寧に触れていきました。
藤牧は「ことば」だけを見ていません
当時のSちゃんには、まだ「あ」以外のことばがほとんどありませんでした。
でも藤牧は、
「ことばが出ない=伝える力がない」
とは考えていません。
藤牧自身、長年、施術や指導のために世界各地を訪れ、ことばの通じない国でも人と関わってきました。
共通の言語がなくても、表情がある。
目の動きがある。
身体の動きがある。
声の調子がある。
人には、ことば以外にもたくさんの「伝える方法」があります。
だから藤牧は、施術中も子どもの表情や身体の小さな動きを見ながら、その子と対話するように触れていきます。
Sちゃんの「あ」にも、最初からたくさんの意味がありました。
Sちゃんは「何も話せない子」だったのではありません。
すでに、自分にできる方法を使って、たくさんのことを私たちに伝えてくれていたのです。
「話す」ということは、身体全体で行っている
もう一つ、藤牧が大切にしている考えがあります。
それは、ことばを「口だけの問題」として捉えないことです。
私たちが一つのことばを発するまでには、呼吸や姿勢、感覚、運動、舌や喉、声帯の繊細な動き、そして脳神経系による情報の受け取りや伝達など、さまざまな身体の働きが関わっています。
ですからSちゃんに対しても、「ことばを言わせる」ことだけを目的にした働きかけをしてきたわけではありません。
頭蓋仙骨療法による施術とともに、身体全体の発達を見ながら、ご家庭でも取り組める「藤牧式パーソナル発達プログラム」を行っていただきました。
運動による働きかけ。
知性の発達を促す働きかけ。
食事についてのアドバイス。
そして、ご家族にもできるやさしいお手当。
その時々のSちゃんの状態と発達段階を見ながら、家庭でできることを組み合わせていきました。
お母さんも、一つひとつ積み重ねてくださいました
そして、ここでどうしても書いておきたいことがあります。
Sちゃんのお母さんが、本当に頑張り屋さんなのです。
たくさんの手術や入退院を経験するわが子を支えながら、Sちゃんの可能性を信じ、日々しっかりと向き合ってこられました。
ご家庭でお願いした発達プログラムにも、一つひとつ取り組んでくださいました。
もちろん、毎日すべてを完璧にできるという意味ではありません。
子育てをしながら、通院もしながら、生活があります。
その中で、できることを積み重ねる。
私たちは施術の時間だけSちゃんに関わりますが、毎日の暮らしの中でSちゃんを見つめ、支え続けているのはご家族です。
その積み重ねがあってこその歩みだと思っています。
「あ」から、鼻歌へ。そしてオウム返しへ
少しずつ変化が現れてきました。
大好きな歌を、鼻歌で歌うようになりました。
そして、お母さんが話したことばをまねて、オウム返しをするようにもなってきました。
一つ、また一つ。
Sちゃんが自分を表現する方法が増えていきました。
そして3歳7か月頃のある日。
施術を受けた後、お母さんから連絡がありました。
「ことばが急に出てきました」
幼稚園へ通うようになってから施術の頻度が少なくなっていたけれど、もう一度、施術を受ける頻度を増やしたい――。
そんなお話もしてくださいました。
私たちにとっても、とても嬉しいご連絡でした。
ただ、私たちは「一度の施術を受けたから、ことばが出た」と単純には考えていません。
幼稚園へ行くことで入ってくるさまざまな刺激。
ご家庭で続けてきた発達への働きかけ。
身体そのものの成長。
施術を重ねる中で見られた身体の変化。
そして何より、Sちゃん自身が日々育っていく力。
さまざまなものが重なり合う中で、それまで蓄えられてきたものが「ことば」という形になって現れ始めたのではないかと、私たちは考えています。
そして7歳になった今
現在、Sちゃんは7歳になりました。
身体の発達には、今もゆっくり時間をかけて取り組んでいます。
一人での移動は、うつ伏せで少しずつ進んでいる段階です。
一方で、ことばの世界は大きく広がりました。
大人とも、しっかり会話ができます。
iPadでは、自分の興味のあることをどんどん見つけて吸収し、ひらがなだけでなく漢字も読めるようになってきました。
そして施術に来ると、
「マッキー先生、お久しぶりですね。今日もよろしくお願いします。」
なんて、大人顔負けのご挨拶をしてくれます。
2歳11か月の頃、
「あいあーい」
「あななな!」
「あっあっあっ!」
と、一生懸命自分の気持ちを伝えてくれていたSちゃん。
あの頃から、伝えたいことはきっとたくさんあったのでしょう。
今は、それを「ことば」という新しい方法でも、たくさん私たちに聞かせてくれるようになりました。
子どもの発達には、その子自身の時間があります
身体の発達。
ことばの発達。
知性の発達。
それらはいつも同じ速度で、きれいに横一列に進むとは限りません。
Sちゃんも、身体については今も取り組んでいることがたくさんあります。
でも、ことばや理解、興味の世界はどんどん広がっています。
だから私たちは、目の前の「できないこと」だけで、その子の可能性を決めたくありません。
今、この子の身体の中では何が育とうとしているのだろう。
そのために、私たちにできることは何だろう。
施術でも、発達支援でも、ご家族と一緒にそれを考え続けています。
そして何より――。
いつも明るく、元気いっぱいに笑っているSちゃん。
マッキー先生も、Sちゃんのその笑顔から、いつもたくさんの元気をもらっています。
これからまた、どんなお話を聞かせてくれるのでしょう。
私たちも楽しみにしています。


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